業務としての建築家のまちづくり

―海外経験をとおして思うこと―

JIA CPDシリーズ  第17回

 最近JIAでも「まちづくり」ということばがいろいろな場面で使われるようになってきた。良いことであると私は思う。しかし、「まちづくり」の定義は曖昧で、各々の解釈で都合の良いように使われているようにも思える。まちづくりが精神論として語られることはあっても、業務としてのまちづくり論は見当たらない。そこで建築家のまちづくりへの参加のあり方について、業務という側面から私見ながら整理を試みてみたい。

■ JIAのまちづくり

「20世紀後半に飛躍的発展をとげた我が国の生活環境にあって、個々の建築の質の向上は認められるとしても、その集合としての街や都市の現状には多くの問題が残されています。
 これら街や都市空間の質を向上させ、より豊かな環境を築くことは、今後われわれ建築家が取り組むべき最大の課題です。
 ここに、日本建築家協会は、こうした新しい時代の要請を受けて、「まちづくり」に対する建築家の基本姿勢と役割を社会に対して明らかにするため、「JIAまちづくり憲章」を制定します」(JIAまちづくり憲章序文)

「美しい建物の設計が建築家のまちづくり」で良いのだろうか  
 総選挙に向けて政策論争が盛んであるが、構造改革や民営化などと共にまちづくりに関する提言が各党のマニフェストにも登場するが、その内容はつかみどころがない。
 商店街のイベントや自治会のゴミ拾いや募金など、まちやコミュニティに関することは何でも「まちづくり」で通用する。ゼネコンやデベロッパーはもちろんのこと、製造業から金融までほとんど全ての企業が「まちづくり」への取り組みや貢献を力説してイメージアップに努めている。
 そんななかで、建築家にとっても「まちづくり」はまさに「旬」なテーマであり、多くの建築家がまちづくりへの関心を表明し、まちづくりへの取り組みを語っている。
 その中で最も多いのが、都市や環境に配慮して建物を設計することによりまちづくりに貢献しているとする立場である。建築家の職務は建物の設計だけで十分だとする消極論ならそれで良かろうが、専門家としての建築家に社会が求めているのは、もっと積極的なかかわりであるはずだ。

「一市民としてまちづくりに参加」で良いのだろうか
 建築家がまちづくりへの取り組みを語るときに次に多いの
が、市民として地域でのまちづくりにかかわっているとする立場である。居住地や事務所所在地での活動に、一市民として参加するというもので、通常は無報酬ボランティアであり、建築家としての専門知識を生かすことはあっても業務としてのかかわりはない。建築家である前に市民なのだから、地域の問題に市民としてかかわるのは当然としても、そのことをもって建築家としてまちづくりに参加していることにはならず、職場での業務そのもののまちづくりへのかかわりが問われるのは当然である。

■ 国際化の中でのまちづくり考

幕張ベイタウンプロムナードの街並み

 私の事務所は「住宅から都市デザインへ」という目標をかかげて、建築の設計とまちづくりに関する業務を行っているが、それには私の修業経歴が大きく影響している。
 まず第一に私は東京大学都市工学科の出身で、丹下先生や大谷先生の都市に視点をおいた建築論を学んだこと、第二に10年間過ごしたブラジルの建築家が当然のごとく都市と建築とを対等に業務の対象としていたこと、このふたつにより建築家arquitetoは建築arquiteturaと都市計画urbanismoの両方をフィールドとして社会に貢献するとする立場が固まったのだった。
 大学卒業後はブラジルへ渡るまでの4年間、RIA建築綜合研究所にお世話になったが、多くの組織事務所がそうであるように建築設計チームと都市計画チームとが分業体制にあって、都市工学科出身の私は当然のごとく都市計画チームに配属されたので、近藤社長にお願いして設計の勉強をさせて頂いたことを思い出すのだが、今になって思うと都市計画チームでの経験、とりわけ市街地再開発事業に関する勉強が今日非常に役にたっているのが印象的である。


 当時自分にのしかかっていた建築か都市かの選択の悩みは、ブラジルへ渡ってみると意味のないものとなった。師事した二人の建築家ジョアキム・ゲデスJoaquim Guedesとジアン・カルロ・ガスペリーニGian Carlo Gasperiniは、ともにサンパウロ大学都市建築学科Faculdade de Arquitetura e Urbanismo/FAUUSPの教授であり、建築と都市計画を対等に扱う日常業務に都市工学科出身の私はすっかり納得したものだった。


 ブラジルといえば新首都ブラジリア、それを設計した建築家ルシオ・コスタLucio Costaとオスカー・ニーマイヤーOscar Niemeyerが世界的に有名であるが、最近サステイナブルなまちづくりで脚光をあびているクリティーバ市の建築家ジャイム・レーネルJaime Lernerをご紹介せねばならない。クリティーバ市の市長を計12年、パラナ州知事を計8年務めた政治家でもある彼が、昨年の国際建築家連合UIAベルリン大会で、ブラジルの建築家としてはじめてUIAの会長の座についたのである。クリティーバのまちづくりについては、最近出版された建築学会の建築資料集成に紹介したので参照いただくとして、建築家が業務としてまちづくりを行うことの自然さと有利さとが、このブラジルの事例で実感できる。


 このジャイム・レーネルがUIA会長就任後国際コンペを起案した。すでに本誌11月号に公募されているUIA都市礼賛国際アイデアコンペがそれである。ここでもテーマは「都市」であり、クリティーバという都市を、都市計画策定から組織づくり、そして具体的なデザインまでを総合的に20年以上もの歳月をかけてリードしてきた建築家ジャイムの都市に対する熱い思いが感じられる。私はブラジル建築家協会IABでの経験や南米の多くの建築家との交流を通して、またUIA大会での世界中の建築家との交流から、建築界の国際化にあって建築家のメインフィールドがまちづくりに着実に向かっていることを強く感じるのである。

■ 国土交通省のまちづくり

ウェルシティ 天空の街

 yahooで「まちづくり」を検索するとカテゴリ124件、登録サイト728件が登録されている。実に広範囲に及んでおり、建築家が業務として関与できるのはそのうちのほんの一部である。そこで建築都市系ということで国土交通省都市・地域整備局のホームページを覗いてみると、まちづくり関連の諸施策が列記されている。ここでの「まちづくり」とは、都市計画そのものに加えて、防災、住宅、環境、公園・緑、景観、交通、バリアフリー、歴史環境、そして情報化社会の整備を意味していると読むことができる。
 まちづくり推進課のホームページに目を移すと、まちづくり総合支援事業、中心市街地活性化推進室、都市再生総合整備事業、安全・安心まちづくり、都市基盤整備公団、地域振興整備公団、事業用地適正化計画、そして都市開発資金といった項目が登場する。
 まちづくり総合支援事業とは、地域がかかえるまちづくりの課題解決の為のまちづくり事業計画を地方自治体が定め、ソフトからハードまでその実現を支援するため、調査段階から事業段階まで補助金を交付するものであるが、平成15年度予算は事業費で1700億円にのぼる。
 都市再生総合整備事業では、都市・居住環境整備重点地域を指定し、基本計画、整備計画、都市再生事業計画の策定を助成し、面的整備事業を誘導し都市の再生を実現しようとするもので、平成15年度予算は103億円が計上されている。関連して都市再生本部により10億円の予算をもって全国都市再生モデル調査が募集され644件の提案の中から171件が実施されることになったことは記憶に新しい。

ウェルシティを含む横須賀港周辺
(都市景観大賞の都市景観100選)

 これらのまちづくりに関する国の施策の補助金をめぐっては、主として都市計画コンサルタントがその業務に従事しているのだが、まちづくりへの取り組みを主張する建築家が、こうした制度や補助金に関して無頓着であり、きわめて無関心なのは残念なことである。本誌11月号で取りあげられた「美しい国づくり政策大綱」も、景観整備の遅れを国自らが認め、市民及び専門家に向けて美しい国づくりの必要性を訴えたものと理解できるが、建築家は専門家としてそれに応えなければならない。

■ まちづくりの領域

 まちづくりに関する出版で著名な学芸出版社のサイトを開くと、建築・土木・環境・まちづくりアドレスブックというのがあって、自治体、NPO、コミュニティ、商店街など地域密着型のまちづくり情報が満載されている。また、まちづくり周辺分野として、都市計画・地域計画、自然・環境、ランドスケープ・造園、住宅・すまい、構造・設備、交通・土木、ノーマライゼーション、建築、建設・施工・材料といった分類がなされている。
 まちづくりに関するキーワード検索項目は実に16項目にも及び、まちづくりの領域の広さを思い知る。これらを一覧に示すと表の通りである。

■ まちづくりを推進する他団体

長野県飯田市の第一種市街地再開発
事業でできたトップヒルズ飯田

 都市計画の側からまちづくりに取り組んでいる技術者団体としてはNPO法人日本都市計画家協会があげられるが、建築の側では建築士会連合会のまちづくり運動が歴史を重ねている。また様々な分野のデザイナーがコラボレートする都市環境デザイン会議の活動も注目に値する。日本建築学会もまちづくり支援建築会議をたちあげて、まちづくりへの関与を検討している。
 JIAでは都市づくり街づくり等推進委員会を常置し、JIAまちづくり憲章の制定を皮切りに、建築家のまちづくりへの取り組みについて検討を続けている。まちづくりシンポジウムの支部開催(これまでに東京と盛岡で開催、本年は奈良と横須賀を計画中)やJIAまちづくりメールマガジンの発刊もその一環である。都市計画家協会や都市環境デザイン会議の構成員は、まちづくりを業務として行っているのに対して、JIAや建築士会の場合は建築設計監理を業とする建築家(士)が、まちづくりにボランティアとして取り組んでいるというのが実態である。


 都市基盤整備公団や地域振興整備公団の行う事業もまちづくりとするならば、関連団体や公団の仕事を受注する一部の設計事務所やコンサルタントもまちづくりを業務として行っているといえよう。市街地再開発事業をまちづくりととらえれば、再開発コーディネーター協会や全国市街地再開発協会といった団体もまちづくりを業務とする専門家集団といえる。最近では土木学会がまちづくりや環境デザインへ動き出した。土木構築物の都市景観に与えるインパクトは建築とは比べ物にならず大きく、これからのまちづくりに土木技術者のフィールドが広がっているとされる。
 こうしてみると、建築家もその主たる業務として「まちづくり」を位置づけ、建築家ならではの空間把握力やコーディネート力などの専門性をもって、かつ他分野の専門家との連携において、「まちづくり」にもっと積極的に取り組むべきではなかろうか。それが、これからの新しい建築家像といえるのではないだろうか。

■ 建築家のまちづくり業務

狭山市駅西口再開発構想 模型

 与えられた敷地に建物をデザインするということは、まちづくりの視点では受け身の行為。本来のまちづくりは、「敷地をつくる」ことや「その敷地に何を建てるかを考える」ことからはじめなければならない。個々の建築を美しくする努力以前に、企画構想段階での建築家の感性が求められているといえる。建築家が建物の設計監理をする以前に、敷地づくりやまちづくりにかかわる可能性、しかもそれを「業務」として行うことの可能性を、私は自らの経験を踏まえて次のように整理してみた。

[住宅設計の感性をまちづくりに生かす]
 多くの建築家の最大の武器であるいえづくりのノウハウを住宅地やその環境づくりにまで広げていく。故宮脇氏の一連の戸建て住宅地計画への参加は氏のまちづくりの実践であったのだろう。
 建築家が敬遠しがちな集合住宅(マンション)設計に積極的に参加することでもまちづくりに貢献できる。幕張ベイタウンの成果が一般市民に受け入れられたことからも明らかなように、都市の集合住宅設計の質を高めることでまちづくり、とりわけ景観整備に貢献できる。

[外部空間のデザイン力をまちづくりに生かす]
 通常建築家は建物の周囲も含めて設計デザインする。もっと拡げてまち全体をデザインすることも、大いなるまちづくりへの貢献であろう。橋梁、歩道橋、道路、トンネル等の土木構築物のデザイン、ランドスケープデザインや植栽デザイン、照明、色彩、サウンドスケープ、サインなどの環境デザインの分野にも建築家のフィールドが広がる。

[コーディネーター力をまちづくりに生かす]
 多くのまちづくり事業は、様々な立場の人々の合意形成のプロセスでもあり、全体をつなぎとめるコーディネート力や空間 の質の説得力をもって、建築家は様々な事業に貢献できる。
 市街地再開発事業や各種都市開発事業の調査・設計業務、まちづくり総合支援事業、中心市街地活性化事業、都市再生総合整備事業、安全・安心まちづくりなどにおいても、調査や基本計画策定などの段階で、様々な参加が求められている。

[建築文化や歴史に関する知識力をまちづくりに生かす]
 歴史的市街地の街並み保存整備や伝統的建築物の保存再生、あるいはそれに関連しての商業活性化や地域おこしなどの面でも、建築家の役割は多大である。

[地域や都市の景観デザイン力をまちづくりに生かす]
 美しい国づくり政策大綱にもみられるように、景観ガイドラインづくりや自然環境への取り組みにおいて、建築家の業務として果たすべき役割も多い。景観アドバイザー登録などはすぐにでも実行したいものである。

[都市全般に関する知識や企画力をまちづくりに生かす]
中心市街地整備などでは、どのような都市像をもって何をどのようにつくるかの全てが白紙から検討されることが多い。これまでのハコモノ行政ではすまされない。建物をどうデザインするかではなく、どのような都市機能を導入するべきかという議論にも、建築家の能力が貢献できる。都市計画マスタープラン策定などにも、建築家ならではの積極的な参加が期待されている。

伊東中心市街地まちづくり基本構想

 これらの業務では、成果品は設計図であることは希であり、プロセスそのものが本来業務であることが多い。模型やスケッチ、最近ではCGなども駆使して、目指すべき空間や景観をわかりやすく表現するという建築家の特技をフルに生かしてまちづくりに貢献できるのだ。また、土木技術者や専門デザイナーはもとより、経済や法律、社会学や福祉など、多くの専門家との協働が基本となる。また、行政とのかかわりも建築設計受注の場合とは根本的に異なり、行政へのアドバイサーとしての役割が基本となる。
こうした業務は、地方公共団体や都市基盤整備公団、あるいはそれらの関連団体からの委託業務として発注されることが多いが、こうしたコンサルティング業務では建築設計監理業務とは違って、誰がいわゆる元請けとなるかはさほど問題とならない。建築家の特性を生かせる部分の役割分担に徹すれば、その責任は果たせるのである。
だが、まちづくりの目標が建築物の建設である場合、その建物の設計者選定は別途行われることになり、まちづくり段階で参加したからといって自動的に設計者になることは極めて難しい。私もまちづくり業務の渦中に、設計者選定の方法を解説する場面が良くあるが、「私が設計しましょう」では信頼関係は得られない。行政への協力者として「先生」と呼ばれていた者が、設計受注が視野に入った時点で「業者」となり、役所の敷居が高くなるのである。
「まちづくり」の業務が多方面に相当量あるにもかかわらず建築家の存在が良く見えないのは、実はこの関係が裏事情として大きく影響していると思われる。まちづくりを設計受注の営業と考えてきた歴史があり、発注側にもそうした風潮への警戒心を払拭できない状況もあるようだ。そこで建築家(士)はまちづくりをボランティアとして行うことでその存在をアピールしているようだが、市民や行政が建築家に本当に求めているのはウィークエンドの個人参加ではなく、ウィークデイのプロとしての参加であるはずだ。
JIAもこうした基本認識にたって「まちづくり」に業務として取り組む建築家の団体であるべきと私は思うのである。